ライトノベル・クロニクル


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ライトノベル・クロニクル 2010-2021 /飯田一史

非常に素晴らしい解説本で、2010年代のライトノベルを語る上で必読書だと思います。

2010年~2021年まで、1年ごとに代表的な5冊を取り上げてライトノベルを語ってるんですが、いやー、1冊一冊の説明が、「あらすじ」ではなく、きちんと「解説」なんですよ。1冊ごとに背景やライトノベルの中での立ち位置や影響を語り、さらにコラムで捕捉することで、2010年代のライトノベルの全体像を描こうとしている。ライトノベルの評論本やガイド本はそれなりに読んでますが、この本、出色の内容です。

2010年代のライトノベルというと、「なろう系ウェブ小説とライト文芸のヒット、そしてそれに伴う読者層の高年齢化」が第一に挙げられると思うのだけど、筆者の飯田一史は、ウェブ小説に関する著作もあるしラノベの中学生離れの論者でもあるので、2010年代のラノベを語らせるなら、飯田一史は適任だよなぁ。ただ、本人もエクスキューズしている通り、ライト文芸を含む女性向けライトノベルについては、ぜんぜん弱い。そこは残念。

で、特に、ラノベの高年齢化とウェブ小説についての言及をざっくりまとめると以下の通り。

ライトノベルの高年齢化

  • 大人向けウェブ小説の書籍化が一般化し、さらにそれが従来の文庫レーベルへも波及。それにより、ラノベ読者の平均年齢は上昇した
  • 2010年代中盤以降に増えたラブコメは比較的低年齢に読まれているが、それでも、大学生、高校生まで。中学生にはリーチしていない
  • 『禁書』をはじめ多くの長編シリーズは長期化に合わせ年齢層が上昇している。長編シリーズのうち10代の新規読者の獲得に成功しているのは、『キノの旅』『SAO』『物語』シリーズのみ
  • 中学生の読書量は圧倒的に多く中学生の活字離れが起きているわけではない。低年齢層を意識したラノベが減っている
  • 『悪ノ娘』『告白予行練習』といったボカロ小説は10代女子にヒットしたが、その後ラノベの枠では後続の作品は出ていない

データは、全国学校図書館協議会「学校読書調査」や宝島社「このライトノベルがすごい!」を参照しており、違和感は少ない。なろう系によるライトノベル読者の高年齢化については、「小説家になろう」のユーザー層から「そんなに高年齢向けじゃない」という反論をよく見るのだけど、ウェブ読者と書籍の購入者では、やっぱ年齢層が違うんだよね。

で、筆者の飯田一史は、平均年齢があがったラノベ市場に対して「もっと中学生向けのライトノベルを増やすべき」と訴えるのだけど、いやいや、ティーンズハートの悲劇を忘れるな!!

飯田一史は2010年代になって中学生のライトノベル離れが起きたように書いているのだけど、それは間違い。そもそも中学生の小遣いではライトノベルを買い支えることができず、昔から、読者であっても購入者ではなかったんですよね。実際、1990年代にティーンズハートをはじめ中学生向けのレーベルがことごとく潰れた歴史があります。それもあって、角川や講談社は、ライトノベルとは別に10代向けに図書館が買うことを想定したレーベルを立ち上げてたりしてるんで、「中学生向けのライトノベル」ってありえんだろ。

ウェブ小説のラノベへの波及

  • なろうもアルファポリスも2000年代は非ラノベ寄りで、もちろん、異世界転生/転移は多くなかった
  • 『空の境界』『Fate/Zero』のように、初期のラノベ系ウェブ小説は、ネット発というよりコミケ発という扱いだった
  • ウェブ小説の異世界転生/転移は『ゼロの使い魔』の影響が大きい
  • ネット発として初期に影響を与えたのは『迷宮街クロニクル』『SAO』『魔法科』。これらの作品によりラノベ業界にウェブ小説が認知された
  • ホビージャパン、オーバーラップがなろうと組むことにより、なろう系の人気が明らかになり、単行本中心にネット発が増える
  • 『このすば』あたりから、文庫レーベルにもなろう系が波及
  • 2010年代を通じて書籍化のための攻略ノウハウが最適化されていき、傾向と対策に特化した作品でないと書籍化しにくくなっている

2010年以前のウェブ小説については非常に丁寧にまとめているのだけど、肝心の2010年代のウェブ小説については議論が弱い気がする。取り上げてるなろう系作品やコラムは多いのだけど。うーん、中国や韓国と比べ、日本のウェブ小説はうまく発展できてない感じで、今のウェブ小説については悲観的なんだろうなぁ。

[ 2021.03.29 ]