平成のライトノベル史 いちご文庫戦争からなろうまで

平成もあと二週間で終わり令和になるとのことで平成の振り返りが流行っていますが、私も平成のライトノベルについてまとめてみようと思います。ライトノベル自体は1970年代に誕生したといわれますが、角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫が登場したのが昭和の末期。そこから平成の時代に入っていきます。

平成はいちご文庫戦争の戦線拡大からはじまった

昭和の終わりの頃、いちご文庫戦争と呼ばれるいちご世代(今の40歳代ぐらい)をターゲットとした主に講談社ティーンズハートと集英社コバルト文庫の販売競争が話題となっていたのですが、実際にその競争が過熱化したのは、平成に入ってからでした。昭和の時代は、高校女子はコバルト文庫、中学女子はティーンズハート、男子向けは角川スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫と住み分けていたんですよね。これが、平成に入ると、互いの領域に侵攻を開始しガチの戦争に発展していきます。

平成元年、ティーンズハートが独占していた中学女子向けの市場に、学研レモン文庫、双葉社いちご文庫、徳間文庫パステルなどが次々参入。ただ、これはまだ戦いの序章にすぎませんでした。この年の後半には、コバルト文庫が、『破妖の剣』(前田珠子)、『ハイスクール・オーラバスター 』(若木未生)を投入。スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫の牙城であるファンタジー分野に進出してきます。

コバルト文庫はさらに攻勢を強め、平成2年には『炎の蜃気楼』(桑原水菜)、平成3年には姉妹レーベル、スーパーファンタジー文庫を創刊。スーパーファンタジー文庫は本格的な男子向けで、明確にスニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫の市場を狙ったものです。

一方、コバルト文庫の最大のライバル、ティーンズハートは、平成3年、ホワイトハートを創刊。ホワイトハートからは平成4年に『十二国記』(小野不由美)が登場。ホワイトハートは高校女子をターゲットとしたレーベルで、コバルト文庫へ正面切っての戦いを挑みます。それに対してコバルト文庫は、平成4年に、ティーンズハートの縄張りの中学女子向けにコバルトピンキーを創刊。コバルト文庫とティーンズハートは、少女小説の盟主の座をかけ、いよいよ全面対決へ突入します。


角川お家騒動と電撃文庫創刊

コバルト文庫の攻勢を受けながらも男子向けの市場では、平成元年に『無責任艦長タイラー』(吉岡平)、『フォーチュン・クエスト』(深沢美潮)、平成2年に『スレイヤーズ』(神坂一)、平成3年に『蓬莱学園』(新城十馬)、平成4年に『カイルロッド』(冴木忍)と、確実に足場を固めていくのですが、スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫のお膝元、角川書店で大事件が発生します。「角川お家騒動」です。

角川お家騒動とは、平成4年に発生した角川書店の内紛のことを指します。兄で社長の角川春樹と、弟で副社長の角川歴彦が対立。弟は管掌していた角川メディアオフィスの社員を率いて独立し、メディアワークスを設立。これに巻き込まれたのがスニーカー文庫で、スニーカー文庫の元編集者たちは、平成5年に電撃文庫を創刊します。電撃文庫の創刊ラインナップに『漂流伝説クリスタニア』(水野良)と『極道くん漫遊記外伝』(中村うさぎ)があるのですが、『漂流伝説クリスタニア』はスニーカー文庫の看板作品『ロードス島戦記』の実質的な新シリーズで、『極道くん漫遊記外伝』は“外伝”がついてるだけで、そのまんまスニーカー文庫『極道くん漫遊記』の継続シリーズですからね。『フォーチュン・クエスト』も『新フォーチュン・クエスト』と名前を変えて電撃文庫に移籍し、マジに酷い話です。

スニーカー文庫と電撃文庫は、兄弟の威信にかけて新刊を出していくのですが、両レーベルとも出版点数を確保するために新人賞を設立、選考外の作品も含めて、どんどん新人を投入していくことになります。特に、電撃文庫は、多少のジャンル違いや対象年齢の違いは気にせず出版していく方針を取り、それが電撃文庫の強さにつながっていきます。今、ライトノベルからいろいろなジャンル・年齢層の作品が出ているのは、角川兄弟のおかげといっても間違いないです。


低年齢市場の崩壊と次代の萌芽

平成5年に『MAZE☆爆熱時空』(あかほりさとる)、『ヤマモト・ヨーコ』(庄司卓)、平成6年に『魔術士オーフェン』(秋田禎信)、平成8年に『楽園の魔女たち』(樹川さとみ)と登場してきますが、少しづつブームの終焉が見え始めてきます。平成10年ぐらいになると、あれだけ隆盛を誇っていたティーンズハートは明らかに勢いを失い、コバルトピンキーはレーベル自体が消滅。中学生以下をターゲットとした市場は急速に縮小し、特に、中学女子の市場は息をしていない状況。もはや、いちご文庫戦争どころではありません。いちご世代、団塊Jrとその妹世代が卒業してしまったと嘆かれるようになるのですが、一方、「大人も読んでいる」と囁かれるようになったのがこの頃です。

「大人も読んでいる」とメディアで取り上げられるようになった走りは、平成10年に登場した『ブギーポップ』(上遠野浩平)で、当時、ユーザーが増え始めたインターネットでも少しずつ語られるようになっていきます。当時のインターネットでは、平成10年に登場した『マリア様がみてる』(今野緒雪)、平成11年の『流血女神伝』(須賀しのぶ)、平成12年の『DADDYFACE』(伊達将範)、平成14年の『戯言シリーズ』(西尾維新) 辺りが話題に上っていたように思います。業界の状況も少しづつ変化していき、平成12年にスーパーダッシュ文庫と富士見ミステリー文庫が創刊。平成14年にはMF文庫Jが創刊されます。


ラノベ評論本ブームと文学面でも評価された時代

平成15年ぐらいから、ライトノベルは“ブーム”と呼ばれるようになっていきます。いまでは信じられないことですが、日経を中心に「サブカルチャーの最先端」「大人も楽しめ文学性も高い」と持ち上げられるようになります。平成16年にかけて『ライトノベル完全読本』『ライトノベル★めった斬り!』『このライトノベルがすごい!』とライトノベル関連本が次々と刊行され、しばらくこのブームが続きます。この際、サブカル側でよく取り上げられたのが平成13年に出た『イリアの空、UFOの夏』(秋山瑞人)で、文学面での評価を高めたのが、平成13年に『古典部』を出した米澤穂信、平成15年に『赤×ピンク』で注目を集めた桜庭一樹、平成18年に『文学少女』を出した野村美月。文学的な評価は、平成20年に桜庭一樹の直木賞受賞で頂点を迎えます。


涼宮ハルヒとアニメ化ラッシュ

注目を集めるようになったライトノベルは、平成17年あたりからアニメ化も増えていきます。特に注目を集めたのが、平成18年にアニメ化した『涼宮ハルヒ』(谷川流)。『涼宮ハルヒ』は平成15年に刊行された当時から、スニーカー大賞久々の大賞、電撃文庫の『学校を出よう』との同時発売ということで話題となっていました。それが、京都アニメーションによりアニメ化されることにより社会現象になるぐらい人気化していきます。『涼宮ハルヒ』以外にも平成17年から18年にかけて『フルメタル・パニック』(賀東招二) 『灼眼のシャナ』(高橋弥七郎) 『ゼロの使い魔』(ヤマグチノボル) 『彩雲国物語』(雪乃紗衣)と人気作品が次々とアニメ化し、その後も『とある魔術の禁書目録』(鎌池和馬) 『狼と香辛料』(支倉凍砂) 『とらドラ!』(竹宮ゆゆこ)など、今に至るまで、継続的に大量のアニメ化が続くことになるのですが、アニメが配給過多になるにつれて出来の悪いアニメ化もみられるようになり、ライトノベルが蔑称のようになっていったのは、ちょっと残念ですね。


大人向けへの模索とライト文芸

ライトノベル関連本が次々と出版されていたころから、大人向けライトノベルの模索がはじまります。端緒をつけたのが有川浩で、平成16年に『空の中』を単行本で出版。さらに平成18年には『図書館戦争』を発売。この流れを受け継いで、平成21年に創刊されたのがメディアワークス文庫。そのメディアワークス文庫から平成23年に登場した『ビブリア古書堂の事件手帖』(三上延) が女性に受け、新ジャンルを開拓していきます。いわゆるライト文芸やキャラ文芸といわれる分野で、平成26年に新潮文庫nexと富士見L文庫、平成27年にオレンジ文庫がそれぞれ参入。ただ、メディアワークス文庫が、創刊当時、電撃文庫を卒業した層を狙っていたため誤解されがちですが、これらライト文芸の読者層の年齢はそこまで高くなく、大人向けというよりも女性向けといった理解のほうが正しいです。オレンジ文庫は、ほぼコバルト文庫の後継レーベルですしね。『ビブリア古書堂の事件手帖』は子供向けのつばさ文庫からも出てるのですが、お前っ、大人向けじゃなかったんかぁぁぁぁぁぁっっっ!! ……やっぱり、ライト文芸って、大人向けではないんですよね。


なろう系

大人向けとして成功したのは、ライト文芸よりもなろう系、つまり、「小説家になろう」に代表されるWeb発の投稿小説なのですが、なろう系は、低年齢向けから高年齢向けまで男性向け女性向け問わず、既存レーベル新規レーベルかまわず、あらゆるジャンルに進出しているので、整理が難しいです。

Web発の小説でまず大ヒットしたのは、平成21年の『ソード・アート・オンライン』(川原礫)。その後、平成23年の『ログ・ホライズン』(橙乃ままれ) 『魔法科高校の劣等生』(佐島勤)、平成24年の『オーバーロード』(丸山くがね)、平成25年の『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』(大森藤ノ) 『この素晴らしい世界に祝福を!』(暁なつめ) 『幼女戦記』(カルロ・ゼン)、平成26年の『Re:ゼロから始める異世界生活』(長月達平)と刊行されていきます。なろう系は、やはり、異世界転生が多いですね。

なろう系は作品が次々と出るだけでなく、専門レーベルも平成24年に創刊したヒーロー文庫を皮切りに、平成25年のMFブックス、平成26年のモンスター文庫、GCノベルス、アース・スターノベルと急増。また、既存のライトノベルレーベルも平成26年以降、HJ文庫がHJノベルスを、オーバーラップ文庫がオーバーラップノベルスを、GA文庫がGAノベルを、講談社ラノベ文庫がKラノベブックスを、それぞれ創刊していきます。これらのノベル形式のレーベルは既存の文庫よりも単価が高く、既存のラノベレーベルはなろう系を高年齢向けと捉えていることが見て取れます。


一方、非なろう系の作品も、平成19年『神様のメモ帳』(杉井光)、平成20年『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(伏見つかさ)、平成21年『僕は友達が少ない』(平坂読)、平成22年『変態王子と笑わない猫。』(さがら総)、平成23年『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(渡航)、平成24年『冴えない彼女の育てかた』(丸戸史明) 『ノーゲーム・ノーライフ』(榎宮祐)、平成27年『りゅうおうのおしごと!』(白鳥士郎) と出てきます。非なろう系では学園ラブコメが目立つというか、学園ラブコメや青春モノがまだまだ主流です。


最後に

ちょうど先日、出版を見据えた小説投稿サイト「LINEノベル」「ノベマ!」が相次いで発表。平成28年にはラノベ最大手KADOKAWAが絡んだ「カクヨム」がオープンしており、「小説家になろう」に対抗する形で、小説の投稿サイトへの囲い込みの動きがみられます。今後は、おそらく小説投稿サイトが主戦場になっていくのだと思うのですが、令和の時代のライトノベルはどのような競争を繰り広げていくのでしょうか?

[ 2019.04.20 ]