大橋崇行とライトノベルの起源
ゼロ年代にはライトノベルの起源はいつかって話がありました。ライトノベルの祖先を遡ってくと、1980年代のソノラマコバルト、1960年代のジュブナイル、戦前戦後の少年少女小説、さらには『南総里見八犬伝』や『源氏物語』まで、いくらでもたどっていけるんですが、どこからライトノベルと呼べばいいのかって話ですね。
いや、先日、羽海野渉さんのライトノベル史の記事があったのですが、
ベースにしている論考が、いくつかあるライトノベル起源論のなかで、よりにもよって大橋崇行の少女少年小説起源説なんですよ。さすがに、大橋崇行の少女少年小説起源説はないと思うので、ゼロ年代にいくつかあったライトノベル起源論の話をまとめてみようと思います。
大橋崇行の少女少年小説起源論
大橋崇行は『ライトノベルから見た少女/少年小説史』で、ライトノベルの起源を戦前戦後の少女少年小説としているんですが、その理屈は以下のような感じです。
- 1950年代以前の少女少年小説と、1970年代以降のライトノベルにつながりはない
- だが、少女少年小説から漫画、漫画からライトノベルになったと考えれば、ライトノベルの起源は少女少年小説といえる
大橋崇行の論考によれば、少女少年小説の中に現代ライトノベルの特徴のいくつかは見られるものの、結局、少女少年小説のラノベっぽい部分は次代の小説に継承されていない。そこで、継承先として漫画を持ち出すんですが、でも、ライトノベルが漫画の影響を受けたのは事実として、小説の系譜に漫画を組み込んじゃうのは、さすがに無理ある。本来は、いくつかの小説を介在させて接続すればいいんですが、大橋崇行の主張は、少女少年小説がライトノベルというより漫画やアニメ文化全体の礎になっているというものがなので、ライトノベル論としてはちょっとおかしくなっちゃってるんですよねー。
じゃあ、大橋崇行以外のライトノベルの起源に関する言及はどうかというと、ライトノベルっぽい小説が出るようになった1970年代か、ライトノベルのスタイルが確立した1990年前後に置くケースが多いです。
大森望の『超革命的中学生集団』起源論
『超革命的中学生集団』は、1970年に学習雑誌『中一時代』で連載され、1971年に朝日ソノラマのサンヤングシリーズから出たSF小説です。
サンヤングシリーズは、ソノラマ文庫の前身となるハードカバーのレーベルで1969年創刊。サンヤングシリーズはほとんどライトノベルみたいなラインナップらしいんだけど、意外とライトノベルとはみなされてません。あくまで、ライトノベルではなくジュブナイルと言われてるんですよね。ジュブナイルとライトノベルの違いは、健全なのがジュブナイルで不健全なのがライトノベル。ジュブナイルは多少の教条的な要素がある一方、ライトノベルは徹底してエンターテイメントと言われてます。
で、サンヤング版の『超革命的中学生集団』って、『ハレンチ学園』の永井豪がイラスト書いてるんですよ。しかも、あのPTAから敵視された『ハレンチ学園』連載中に。『超革命的中学生集団』は内容的にも中学生のリビドーに訴えるものになっていて、そりゃもう不健全です。なので、大森望は、同時代のジュブナイルと見比べて、『超革命的中学生集団』をライトノベルの原点としています。
早見裕司の秋元文庫起源論
1973年、日本の作家を多数そろえた初の中高生向けの文庫レーベルが誕生します。秋元文庫です。
秋元書房は、もともと1955年ぐらいから秋元ジュニアシリーズを刊行していました。秋元ジュニアシリーズもサンヤングシリーズと同様にジュブナイルの名作をそろえたレーベルだったのですが、それが、1970年代前半の第三次文庫ブームにのって文庫のレーベルに生まれ変わります。
今ではライトノベルにも単行本レーベルがありますが、もともとライトノベルは文庫レーベル中心です。なぜ文庫かというと、学生向けの値段設定ですね。ライトノベルってのは不健全なので、大人に買ってもらったり図書館で借りたりするものではなく、自分のこづかいで買うしかない。なので、内容が一緒でも、文庫レーベルかどうかというのは、ライトノベルか否かを判断するうえでめちゃくちゃ重要な要素だったんですよ。
ラインナップを見ても、少女向けからSFまでそろえる秋元文庫は、非常にライトノベル的です。そこで、早見裕司はライトノベルの起源として秋元文庫の創刊を挙げています。
ソノラマ文庫やコバルト文庫の創刊を起源とする説
『このライトノベルがすごい!』をはじめとして、1975年のソノラマ文庫創刊、もしくは、1977年のコバルト文庫創刊をライトノベルの起源としてる人も多いです。
1980年代には消えたっぽい秋元文庫と違って、ソノラマ文庫もコバルト文庫もライトノベルと呼ばれるようになる時代まで生き残り、ライトノベルレーベルと認められているのが強いです。ライトノベル定義論の一つ「ライトノベルレーベルから出ているのがライトノベルだ」という説に従えば、もう完全にソノラマ文庫、コバルト文庫の創刊が、ライトノベルの始まりです。
1990年ライトノベル元年説
書籍だと『ライトノベル「超」入門』で新城カズマが1990年をライトノベル元年と言っていたと思いますが、ネット上では、1990年前後をライトノベルの起源とする人も多いですよね。1988年の角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫の創刊辺りをライトノベルの起源とする説です。
新城カズマは1990年の『スレイヤーズ』を狭義のライトノベルの基本形式を決定づけたとしています。初期のソノラマ文庫やコバルト文庫は、まだ、ライトノベルとしては発展途上で、今のスタイルを確立させたのが1990年頃という感じですね。多くの人のステレオタイプなライトノベル像って、いまでもだいたい『スレイヤーズ』だと思うんですが、それだけ、『スレイヤーズ』の影響ってでかいんですよ。
[ 2021.05.26 ]